ゆるゆる教育日記

今日のテーマ : テスト問題の出し方について

何のために勉強するのか

新型コロナウイルスのせいで、学校が休校になり、子供も家でゴロゴロしているようです。当然、宿題も山のようにでているのですが、計算ドリルを見ながらふと思ったことが、

「分数同士の掛け算や割り算って、大人になってから使ったっけ」

 きっと何かしら使うシーンはあるのだとは思いますが、ちょっと具体例が出てきません。分数と整数の計算はよく見かけますが、例えば4分の1÷3分の2なんて使うところあるのでしょうか。

図形の証明問題もそう。○○と△△は□□だから平行であるとか、同じ面積であるとか、いる?日常生活でいつ使うの?

他には因数分解。もうさっぱり公式が出てきません

習っていた当時も感じていましたが、これらを覚える意味が正直見出せません。現役の勉強嫌いの子もそうではないでしょうか。

でも、これらの知識を使わないとできない仕事、職業が必ずあることでしょう。だから私は教育界に提言します。

「授業で教える際に、この計算や考え方は、○○のような仕事で、△△のようにして使います」

と、具体的な使用例と職業を可能な限りを挙げて、こんな仕事をするにはこれは絶対に覚えておかなければならないんだと教えてあげることが大事なのではないでしょうか。

テストの問題も実際に仕事の現場で使用されているようなものを出せばいいのです。そうすれば生徒も使い方がイメージしやすいし、何のために学ぶのかがはっきりするのではないでしょうか。

算数・時間の問い

休校が続いている子供の勉強教材として、インターネットで配布されている、各学年ごとの総復習問題をさせてみました。

 小学3年生の問題を見ていると、2桁、3桁の掛け算などが出てきて、計算が苦手な私にとっても、答え合わせが億劫になっています。

 得意な人にとっては大したことは無いのでしょうが、パッと見て、正解か不正解かが判断できないのです。子供と同じように、順番に計算していかないといけないので、1年、2年生のころよりも時間がかかります。

親の威厳が損なわれてしまいます。

そんななか、このような問いかけがありました。

問 家から駅まで15分かかります。12時に駅に着くには何時何分に家を出たらよいでしょう。

当然、正答は11時45分です。

子供はこう答えました。

「11時40分」

時計の見方に若干不安のある子なので、またなんとなくで答えたのかな、と思いつつ、なぜ、その答えになったのか聞いたところ、

「だって、いつもちょっと早めに家出るやん」

そうです。我が家では、私の性格に合わせてもらっており、集合時間や、目標の時間の5分から10分前には目的地に到着するよう家を出ているのです。

なんなら、30分以上前に到着し、喫茶店でお茶して時間をつぶします。

道徳上はそれで正解。

でもこれは算数の問題。なんとか説明しますが、もう一つ違いが理解できない子供。

そういえば、私も子供のころ、時速や分速の問題で、兄弟が別々の時間家を出て、兄は分速〇m、弟は分速△mで歩きます。家からどれぐらいの距離で合流するでしょう、ただし、兄弟それぞれの歩く速度は常に一定とします。

というような問題に、常に一定の速度で歩くことは不可能だろう。など考えてしまう子でした。

だから、私は問題を作成する方に言いたい。

きっちり、かっちりした答えも求めるのであれば、それ相応の問題を出してほしい、と。

12時に駅に着きたい。ならば、最低でも何時何分に家を出なければならないでしょう。みたいな感じで。

揚げ足取りのような、屁理屈をこねているような感じですが・・・

そこでさらに考えてみます。

私は算数の文章問題が苦手でした。正直、何が書いてあるのかわからくなっていました。

問題にある数字を使って、何を求めだせば良いのか読み解けないのです。

でも、国語は好きでした。本はいつも読んでいましたし、年相応の本であれば、なにが書いているのか分からない、なんてことはありませんでした。

しかし、算数の問題、数字が入ってくると、途端に難解な、解読不能な文章になるのです。

もちろん、文章問題を作成するにあたって、わざと分かりにくい表現をしたり、ひねくった書き方をする問題が多数あるので、読んでもらうための文章とは、根本的に作り方が違うのかもしれませんが。

ここで思ったのが、国語の授業でやる内容、読解力、語彙力、接続詞の使い方など、算数の文章問題で賄えるのではないかと。

変に分けてしまうから、これは算数の問題だと意識して、国語の授業でできているはずの読解が算数ではできなくなる。

算数の文章問題を解きながら、国語の読解力を養う。

国語だから、算数だからではなく、一つの授業にひとまとめにして教えたらどうだろう。

既存の教科ごとの授業、というやり方を根本的に変えてしまって、もっと複合的に、もっと実生活に根付いた授業をしていく時代になっていってほしいな、と思います。

それぞれ地元の特産品、特に農作物があれば、なぜ、この土地が栽培に適しているのか(社会)、土の成分がアルカリ性、酸性、それ以外(理科)、じゃあ、その成分の割合はどれぐらいなのか(算数)

地元の人口は〇〇人、そのうち学生△人、高齢者□人(社会・算数)必要な公共サービスは何か。というディスカッション(国語による表現力)

といった具合に、いろいろな分野で様々な勉強ができるような授業の作り方、教育のカリキュラムについて、一考する余地はあるのではないでしょうか。

などと、勉強が苦手だった私が、勉強を頑張ってきた教育関係者のかたに伝えたいことでした。

雑記
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