日本史の授業内容をもう少し見直したほうが良いと思う

小学校で習う日本史はこの程度で良いのではないかという提言1  ~石器時代から弥生時代~

小学校の高学年から始まる本格的に始まる日本史の授業。歴史の授業といえば教科書に載っている言葉を必死で暗記した記憶があります。

打製、磨製石器や竪穴式住居などの効きなれない、使い慣れない言葉。これを覚えるだけで大変でした。そんな難しい言葉が必要かな、と今になって思います。だいたい石器を使っていた時代など、昔になればなるほど不確定な要素が多くなり、新発見があるたびにそれまで覚えていたことが覆されます。

今回記述する石器時代から弥生時代ぐらいまではさらっと流すくらいで良いのではないかと思い、ものすごく簡単にまとめてみました。(今後加筆するかもしれません)

何万年もかけて、地球上を移動し続けていた人類。おそらく良い狩場を見つけては集落をつくり、やがて人数が増えて飽和状態になると分家して、新天地を探す。ということを繰り返していたのではないかと筆者は考えています。

道具の進化

人類はゾウなどの大型生物の肉や自生している植物を主食として生きていた。狩りを行う時は集団で獲物を取り囲み、石を使った武器で殴りつけ、獲物を捕獲していたようです。

やがて、動物の捕獲方法も発展し続けました。狩りをするうえで「叩く」よりも「刺す」・「切る」が重要になってきたのです。それまでは、石を砕きその形状に合わせて道具を作成していたが、徐々に砕いた石をさらに加工して、その時に欲しい道具の形を作り上げていたと思われます。加工することによって、刃物状の道具をつくることが出来るようになりました。

縄文時代

様々な形状の道具が作れるようになったことで、材料である石や動物の骨自体にも「磨く」といった加工がなされるようになり、より鋭利な刃物などが作れるようになりました。

そして前時代より大きく変わった点は、食料の調達がより近場で行えるようになったことでしょう。近隣の森や川で採取できるものが飛躍的に増えたからです。狩りもウサギなど小型の動物が増えてきたこともあり、大型の動物を探し求めなくてもよくなりました。

そしてそれは、より大きな集団での生活が可能となり、移住をする機会が減った、ということでもあります。

集落の完成

道具を加工することを覚えた人類は、住居に関しても自然発生した洞穴だけに頼るのではなく、自らが作成できることに気が付きました。

地面に居住スペースとなる穴を掘り、木の棒で柱を作り、木の皮や土で壁、屋根をつくり家を完成させます。それほど大きな集落は無かったようだが、数世帯の家族単位で生活をしていたようです。

生活の定住化が進んだことは、ゴミ捨て場として区切られたスペースが、この時代ごろから見られることからも想像できます。

また、この時代の特徴として、土を焼いて作られた器や人形が多く発見されています。縄などでかたどられた様々な文様が装飾されており、食料の保管する用途とは別のものと思われる形状の器も数多く発見されています。おそらくこれらの土器を使用して冠婚葬祭や自然現象への祈りを呪術的な儀式で執り行われていたものと思われます。

弥生時代

日本よりもよりはやく文明が発展していた大陸から、人が移住をしてきたことによって、生活様式もさらに変化していくことになります。大きな変化として、生活が稲作といったような「農耕」が中心となった、ということが挙げられます。

より安定した生活へ

農耕が発展していくにつれ、食料の調達が安定するようになりました。天候などの影響があるとはいえ、それまで自然の恵みに任せるしかなかった植物の調達が人間の手で生み出せるようになったのです。

住居としては地面を掘り、半地下の中で暮らしていくスタイルは変わっていませんが、収穫した穀物を地面に置いていては、ネズミなどの他の動物に食われてしまう、それを避けるために、地面に柱を立て、床を地面よりも上に取り付けた倉庫を作り上げました。動物が柱をつたって登ってきても、床上に上がれないような工夫もされていたようです。

農耕は人の行動をより効率的なものにしていきました。土器の文様が徐々に簡素化されて、より実用的な形状に変わっていったことからでもよくわかります。そして、石をメインとした道具作りから、銅や鉄といった金属を採取し、加工する技術も発展してきました。

権力の発生

食料がより確実に、安定して手に入れることが出来るようになったことで、集落はより多くの人数を養えるようになっていきます。人数が増えれば増えるほど、その集団をまとめるリーダーが必要になるのです。

狩りが生活の中心だったころは、狩りの上手いもの、おそらく運動神経の良い、単純に力が強いものが中心となっていたと思われますが、農耕が中心となったこの時代では、単純な腕力ではなく、作物を育てるための知識を持っていることが重要になってきました。

それは天候、気候の変化に対応し、栽培の手順を采配するものであったり、誰に何をさせるか、という的確な指揮をだせる能力だったりします。人をまとめる統率力が最も重要な力となるのです。これらの知識を、呪術的な力として人々に見せつけ、その統率力を強めていったものと思われます。

集団はさらに大きくなり、食料もさらに必要です。集団はより強いリーダーシップを求め、集団の吸収、合併を繰り返すことになります。当然その際は誰がその集団の長になるか、という権力闘争や、隣のより良い農耕地を手に入れるための争いが発生してしまいます。

集団が大きくなるにつれ、それを統率する長の権力はより強大なものとなります。やがて、集団の中で長を取り巻く序列が発生し、その序列が「国」という形を作り出すことになるのです。

まとめ

この項では石器時代から弥生時代まで書いてみました。大まかな流れとして、

  1. 食料調達のため、石を使った道具を進化させてきた。
  2. 食料の調達手段が変わることによって、道具を加工することが出来るようになった。
  3. その道具を使い、一つの地域に定住し集団で生活することが可能になった。
  4. 新たな文明の流入によって、農耕が生活の中心となる。
  5. その生活を取り仕切る権力者が登場する。
  6. 権力者を中心とした国が発生する。

何万年という時間の中で進化してきた人類ですが、日本の中でも、その生活様式の変化にも時差が生じます。全体的には弥生時代でも、地域によっては縄文文化を継続しているところもあったはずです。

簡単に時代という区分でくくることのできないところだと思います。

雑記
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