盲導犬を見かけた時感じること

盲導犬の存在が当たり前の社会になれるのか

目の不自由な方の支えである盲導犬。まさしく目の代わりであり、生活をする上で欠かせないパートナーであると、私は思っています。

ですが、圧倒的に頭数が少なく、出会うことも滅多にないため、たまに遭遇するとどうしても、非日常の出来事のような感覚でその光景を見てしまいます。

盲導犬ユーザーにとってはただ普通の日常生活を送っているだけなのですが、盲導犬を必要としない側の私は、余計なさまざまな感情を持ってしまいます。

盲導犬が日常の一部として存在するためには、その余計な感情を持たないようにしなければなりません。では、どのようにしたら我々は盲導犬に特別な気持ちを保つことなく接することができるようになるのでしょうか。

盲導犬について思うこと

盲導犬がかわいそうと思うことに対して

吠えることもなく、じゃれつくこともなく、走ることも許されない。行動を完全に人間の都合によって支配されている。

虐待の一種ではないかと言う人もいます。健気に一生懸命、ユーザーさんに寄り添い、目の代わりになって歩いている姿を見ると、開放してあげて欲しい、と思ってしまうことも理解できます。

その声をなんとかしたいと盲導犬協会がCMで、仕事と思ったことはない、とか、こうやって一緒にいることが幸せなんです。と犬が喋っている風のものを作っています。

犬はそうするものだと、教え込まれてきています。ですから、たしかに仕事とは思っておらず、盲導犬としての行動が生きていくための普通の行動になっています。

ですが、それは人間が人間の都合で創り上げたものです。それを私は今が幸せです、と言わせてしまって本当に良いのかと感じてしまいました。

盲導犬はユーザーさんにとって必要かつ大事な家族です。そこに「飼い犬と盲導犬の差はないですよ、盲導犬だからかわいそう、ということはないんですよ」と言いたいのは分かりました。それなら、堂々と人間の立場からそう言えばいいのです。

「盲導犬を育てる過程では一般の犬と変わらない愛情をもって教育を行っています。ただ、その方法が一般家庭のものよりも高度で難しいことを行っています」と具体例を挙げて、もっと世の中に宣伝をすれば良いと思っています。今までの後方の仕方では、全く足りていないと思います。

犬嫌いにとっては盲導犬も結局犬

犬が苦手、嫌いな人から見れば、いくら盲導犬とはいえ、感じるところは犬に対するものと全く変わりません。

盲導犬だから吠えかかってくることはしないし、無駄に擦り寄ってくることも無いと思います。ですが、苦手、嫌いな人は犬に対して固定概念が出来上がっていますから、その姿形だけで嫌悪感が出てきてしまいます。

問題なのは、盲導犬は一般のお店にも入れることが法律で認められています。しかし、犬が嫌いな立場からしたらなかなか受け入れられないというところです。

柵の向こう側にいる犬に対してはそんなに気にならないのですが、電車の中で隣に盲導犬が来たら、間違いなくその場を離れます。もし身動きが取れないような状況で、そのようなことになったら恐らく、頭から血の気が引いて、立ちくらみの症状が出ると思います。

盲導犬協会のホームページを見ると、やたらと法律で認められた当然の権利です。とうたっていますが、そこに犬が嫌いな立場からしたら、感情的にではありますが納得できないところがあります。

ユーザーさんにとって欠かすことのできない大切なパートナーということは、十分に理解しているつもりですが、犬が苦手、嫌い、怖い立場からしたら我慢を強いられるわけです。

犬に犬を嫌悪感を抱いている人たちの心情をほとんど無視して、大切なパートーなーなので慣れてください。と言われても無理があります。

盲導犬の活動を日常にするにはどうしたら良いのか

では、盲導犬が隣にいることをに日常生活の一部にするにはどうしたら良いのでしょうか。

  1. 盲導犬は決して虐げられた存在ではない、と認識してもらうために、他の飼い犬と変わらない愛情が込められていること。そして、人為的に作られたことを素直に認めて、ユーザーさんの目の代わりをすることが、盲導犬にとっての生き方なんだとアピールする。
  2. 犬に嫌悪感を抱いてしまう人のために、他の飼い犬とはちがい、盲導犬は特殊な教育がしっかりとなされた優秀な犬であり、見た目は怖いけれども人に危害を加えることは決してないから、なんとかその場は我慢してくださいと協会が代表してお願いをする。

という2点を考えてみました。

一般の犬とは違い、彼らは人を傷つけ、怖がらせる行動をとることはありません。見た人間が、勝手に不快だと感じるだけなのです。盲導犬に携わる人たちの啓蒙活動も、もう少し視野を広げていただいて、犬に嫌悪感を抱いている人たちに向けて、不快な思いをさせないよう、○○のような努力をしていますとPRしてください。

また、虐待では無いというPRも、犬はこれで幸せなんだ、という考え方を変えていただいて、犬に盲導犬として生きてもらうための教育をしています。ですが、その教育には、愛情を注いで取り組んでいます。と言ってもらえると、幾分かは反発も和らぐのではないでしょうか。

なにより現在の状態では、盲導犬が気になった人が調べて、初めてその仕組みが分かるようになっています。それだけではなくて、盲導犬に縁のない人たちも、盲導犬についての情報をわざわざ調べることなく、当たり前に知っている環境をつくることが大事なのではないかと思います。

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